小泉八雲『幽霊滝の伝説』は何が怖いの?賽銭箱を取りに行ったお勝の夜を5つの場面で読み、戻った後の結末と原文『Kotto』も見よう

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小泉八雲の怪談の中でも、短いのに読み終えたあと忘れられないのが『幽霊滝の伝説』です。夜の滝へ賽銭箱を取りに行く話、と聞くと肝試しの話のようですが、本当に怖いのは、主人公が村へ戻ってきたあとです。

この記事では、青空文庫で公開されている田部隆次訳『幽霊滝の伝説』(底本:『小泉八雲全集第八卷 家庭版』第一書房、1937年)と、Project Gutenbergで公開されている英語の原書『Kotto』(1903年、マクミラン社の版)の本文をもとに、あらすじと読みどころをまとめました。読みどころの読み方は、この記事の解釈です。

※この記事は結末にふれています。まだ読んでいない人は、先に本文を読んでから戻ってきてください。青空文庫で数分で読める長さです。

目次

『幽霊滝の伝説』はどんな話?

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舞台は伯耆の国、黒坂村

物語は「伯耆の国、黒坂村の近くに、一条の滝がある」という一文から始まります。語り手は、その滝が幽霊滝と呼ばれる由来を「私は知らない」と書いています。英語の原文でも「Why it is so called I do not know」とされていて、名前の由来をわざと説明しないところから話が始まります。

滝の側には滝大明神という氏神の小さな社があり、社の前には小さな賽銭箱があります。語り手は「その賽銭箱について物語がある」と続けます。

原書は『Kotto』

Project Gutenbergで公開されている『Kotto』の目次では、「Old Stories」の最初の話が「The Legend of Yurei-Daki」です。英語の原文では、幽霊滝は「The Cascade of Ghosts」と言い換えられています。

項目 本文から分かること
日本語訳 田部隆次訳(青空文庫)
原書 『Kotto』の「Old Stories」の1話目
舞台 伯耆の国、黒坂村の近くの滝
主人公 大工の女房、安本お勝
時期 「今より三十五年前」の冬の寒い晩

あらすじを5つの場面で読む

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1. 麻取場での怪談会

「今より三十五年前」の冬の寒い晩、黒坂の麻取場で働く娘や女房たちが、仕事のあと炉のまわりに集まって怪談を楽しんでいます。話が十余りも出たころ、みんなが薄気味悪くなったところで、一人の娘が「今夜あの幽霊滝へひとりで行って見たらどうでしょう」と言い出します。

2. 麻を賭けた申し出

一人が「私は今夜取った麻をその人に皆上げる」と言うと、次々に同じことを言う人が続きます。そこで立ち上がったのが、大工の女房の安本お勝でした。二つになる一人息子を背中に寝かせたまま、「私幽霊滝に行きます」と言います。行った証拠として、お婆さんの提案で賽銭箱を持ち帰ることになります。

3. 夜道を走るお勝

晴れているけれど寒い夜、お勝は子どもを背負ったまま、氷った田のあいだの道を「ピチャピチャ」と走ります。崖の下へ下りる狭い道へ入ると、滝の鈍いうなりが、やがて高い叫びのような音に変わります。暗闇の中に、滝と社と賽銭箱がかすかに見えます。

4. 二度呼ばれる名前

お勝が賽銭箱に手をかけた瞬間、とどろく水の上から「おい、お勝」という声がします。もう一度、さらに威嚇するような調子で「おい、お勝」。しかし、元来大胆な女だったお勝は、賽銭箱を引っさらって駆け出します。

5. 麻取場に戻ったあと

お勝が賽銭箱を持って戻ると、女たちは話に聞き入り、「剛胆なお勝さん」とほめます。お婆さんが、赤ちゃんを火の側へつれて来ようと、子どもを包んだはんてんを解く手伝いをしたとき、背中がすっかりぬれていることに気づきます。そして、はんてんの中から落ちたものを見て、話は終わります。

場面 主なできごと
1 麻取場の怪談会で、幽霊滝へ行く話が出る
2 麻を賭け、お勝が子を背負って行くと言う
3 氷った田の道を走り、滝にたどり着く
4 「おい、お勝」と二度呼ばれるが、賽銭箱を持って逃げる
5 戻ったあと、背中の子どもの姿が明らかになる

読みどころ

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ここからは、本文をもとにした、この記事の読み方です。

怖さの中心は「戻ったあと」

この話では、滝での場面がいちばんの山場のように見えます。暗闇、滝の叫び、名前を呼ぶ声。けれども、お勝はそこで何も見ていませんし、逃げ帰る途中も「それ以上何も見も聞きもしなかった」と書かれています。読者も一度ほっとします。

本当の恐怖は、暖かい麻取場に戻り、女たちがお勝をほめ、お婆さんが子どもを気づかう、いちばん安心できる場面で明かされます。怖い場所ではなく、安全な場所で恐怖が来る。この順番が、読み終えたあとに強く残る理由だと考えられます。

「ピチャピチャ」という音

お勝が走る場面には、行きと帰りの両方に「ピチャピチャ」という音が出てきます。寒い夜の道を走る足音として読めますが、結末を知ってから読み返すと、帰り道の音が別のものに聞こえてくるかもしれません。二度読むと印象が変わる仕掛けとして、注目してみてください。英語の原文では「pichà-pichà」とローマ字で書かれていて、日本語の音をそのまま英語の読者に聞かせようとしていることが分かります。

母親とお婆さんの会話

戻ったお勝が「おなかが空いたろうね」「すぐお乳を上げますよ」と言う場面は、母親らしいやさしい言葉です。その直後に真相が明らかになるので、このやさしさが、かえって悲しさと怖さを深くしています。

怪談会の中で始まる怪談

この話は、女たちが怪談に興じている場面から始まります。日本語訳では、一人の娘が幽霊滝へ行く話を持ち出したのは「その気味悪さの快感を一層高めるつもりで」だったと書かれています。英語の原文でも「just to heighten the pleasure of fear」とされています。

つまり、最初は怖さを楽しむための遊びでした。みんなが「わっと叫んだ」あと「どっと笑い出した」という描写からも、まだ冗談の空気だったことが分かります。ところが、お勝の申し出が何度もくりかえされるうちに「一同本気になった」と書かれます。遊びが本気に変わる、その小さな転換点も、読み返すと印象に残る場面です。

賭けられた「麻」の重み

女たちが賭けたのは、その日に取った麻でした。英語の原文では「her share of the day’s work」、つまり一日分の仕事の取り分と書かれています。一人分ではなく、その場にいる全員の一日分です。お勝が子どもを背負ったまま夜の滝へ向かったのは、それだけ大きな取り分だったから、と読むこともできます。

最後の場面で女たちが「麻を皆上げるだけの直打は充分にある」とほめるのも、この賭けを受けた言葉です。お勝は賭けに勝ちました。けれども、そのとき背中にあったものを知ると、勝ったことの意味がまったく変わってしまいます。

何が呼んだのかは書かれない

二度呼んだ声の正体も、子どもに何が起きたのかも、本文でははっきり説明されていません。語り手は、滝の名前の由来も「知らない」と書いていました。説明しないことで、読者が自分で想像するしかない余白が残されています。はっきり書かれないからこそ、読むたびに違う想像が浮かぶのも、この話の怖さの一つです。

「三十五年前」という距離

物語は「今より三十五年前」のできごととして語られます。英語の原文でも「thirty-five years ago」です。語り手が見たことではなく、土地に残った話として伝えられている形です。

最初に、滝の名前の由来は知らないと言いながら、賽銭箱については「物語がある」と言い切る。この語り方によって、読者は、名前の由来ははっきりしないのに、怖い話だけは確かに伝わっている、という不思議な感覚を持つことになります。題名が「伝説」となっているのも、この語り方とよく合っています。

初めて読む人へ

結末には、子どもが犠牲になる、はっきりした描写があります。怖い話が苦手な人や、小さな子どもと一緒に読む場合は、そのことを知ったうえで読むかどうかを決めるとよいでしょう。

一方で、短い話なので、怪談会や読書会で一つ読む話としても選びやすい長さです。読み終えたあとに、「声の正体は何だったのか」「お勝は賭けに勝ったと言えるのか」を話し合ってみると、それぞれの受け取り方の違いが見えてきます。

青空文庫で読むときのポイント

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英語の原文の注

英語の原文には、「Oi!」という呼びかけについての脚注があります。人の注意を引くときに使う言葉で、英語の「Halloa!」や「Ho, there!」にあたる、と説明されています。英語の原文では、名前を呼ぶ声が「Voice」と大文字で書かれている箇所もあり、ただの声ではない何かとして描かれていることがうかがえます。

表記について

青空文庫の本文の終わりには、旧字・旧仮名で書かれた底本を、現代表記に改めたことが書かれています。「或→ある」「(て)居→い」「其→その」「(て)貰→もら」のように置き換えた、とされています。また、「直打は」の部分には「ママ」の注が付いています。

英語の原文と読み比べる

『Kotto』の原文では、麻取場は「asa-toriba, or hemp-factory」、賽銭箱は「saisen-bako」と、日本語をローマ字で残したうえで英語で説明しています。日本語訳と原文を見比べると、八雲が英語の読者に向けて、日本の言葉をどう伝えようとしたかが分かります。

日本語訳 英語の原文
幽霊滝 Yurei-Daki, or The Cascade of Ghosts
麻取場 asa-toriba, or hemp-factory
賽銭箱 saisen-bako
滝大明神 Taki-Daimyōjin
おい、お勝 Oi! O-Katsu-San!
気味悪さの快感を一層高めるつもりで just to heighten the pleasure of fear

幽霊滝の伝説のよくある質問

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どのくらいで読める?

青空文庫の本文は短く、数分で読み終えられる長さです。通勤や寝る前のちょっとした時間にも読めます。

お勝はなぜ子どもを背負ったまま行ったの?

本文では、お勝は「眠ったこどもを背負ったままで戸外へ飛び出した」と書かれているだけで、理由は説明されていません。

舞台はどこ?

本文では「伯耆の国、黒坂村の近く」とされています。

声の正体は分かる?

本文では、名前を呼んだ声の正体は説明されていません。

原書は何という本?

Project Gutenbergで公開されている『Kotto』の「Old Stories」の最初の話です。

幽霊滝の伝説を本文で読んでみよう

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小泉八雲『幽霊滝の伝説』は、肝試しの夜の話に見えて、本当の恐怖が安全な場所に戻ってから訪れる怪談です。青空文庫の田部隆次訳と、英語の原文『Kotto』を読み比べながら、「ピチャピチャ」という音や、説明されない声の余白を味わってみてください。

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この記事を書いた人

うわさと事実を分けながら、都市伝説の由来や文化的背景を調べて紹介する編集部です。

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